私の末期がん闘病記
 
私は、癌は血行不良からおこった慢性炎症だと思います。
そして、
血行を良くすれば癌は新陳代謝により勝手に消えていくと思います。
この私の癌の仮説を
自分自身の末期がんを実験台にして検証していきます。

悪名高い癌も、私に取りついたのが年貢の納め時です。

私は以前から、脊山流整体術は癌も含めたすべての慢性病に有効なはずだと思っていました。
この度、それを実証する絶好の機会を神様が与えてくれました。
じつは、私が前立腺がんになり、癌が全身の臓器、リンパ節、骨にまで転移している状態で、ステージ4と診断されました。

5年ほど前からずっと頻尿が続いていました。そのうち残尿も加わり、何とかできないものかといろいろやってみたのですが、どうしても改善できませんでした。

そして、ついに尿閉になり、2017年8月14日、パンパンに腫れ上がった膀胱を抱えて病院へ行き、カテーテルで尿を出し、そのままカテーテルの留置きとなりました。

8月22日、造影検査の結果、医師から「前立腺がんが全身の臓器、リンパ節、骨にまで転移している。こんなひどい状態の人は初めてです」と言われました。
そして、「前立腺がんは男性ホルモンを餌に増殖します。進行を抑える一番有効な治療法は睾丸の摘出手術です。緊急を要するので来週に手術を行い、その時に前立腺の生検も同時に行います」といわれました。

それに対して私は、「仕事が入っているので9月にならなければ入院はできません」と答えました。
先生は、
「そんな悠長なことを言っている場合ではないですよ。一年もつかどうかという差し迫った状態なのですよ」と話されました。
しかし、来週は無理ですと言って、手術は9月4日にしてもらいました。

実は、私は時間が欲しかったのです。

というのは、私は、神経難病と同じように、癌も血行不良を改善することで回復すると考えています。しかし、癌を本格的にやった経験がないので、絶対的な自信がなかったのです。そこで、私の仮説が正しいかどうか試してみる必要があったのです

その日から毎日、息子に神経難病用の整体をやってもらったところ、思った通りの改善効果がありました。
ガリガリに痩せてしまって全身しわだらけだったのですが、萎縮していた筋肉が回復し始めてしわが少なくなり、体に少し力が入るようになってきました。

「これはいける」と思ったので、8月29日、医師に「どんどん体調がよくなっているので、この状態で手術というのは納得できないのです」といって、手術の中止を申し出ました。

先生は、「腫瘍マーカーが一万という、私が経験したことのないひどい状態で、前立腺がんは間違いないですよ。このまま自然に回復することはありませんよ」と言われましたが、私には回復させる自信がありました。

そして、「治療をどうされるかはあなたの自己責任ですから、納得できないなら仕方ないですね。しかし、診断が確定しなければ治療が行えないので、手術はやりませんが組織検査を行いましょう」ということで、9月4日に前立腺の組織検査を行うことになりました。

9月12日、前立腺生検の結果「前立腺癌に間違いありません。リンパ節も腫れていますのでホルモン療法を行います」ということで、月に一度のホルモン注射を受けることになりました。
前立腺がんは男性ホルモンを餌にして増殖するので、男性ホルモンの分泌を抑えることで癌の進行を抑えるという理屈らしいです。

私は、癌の原因は血行不良で、「血行を良くすれば癌は勝手に消えていく」と考えていますので、「男性ホルモンを餌に前立腺がんが増殖する」という説は全くばかげた話だと思いましたが、あまり強い副作用はなさそうなので、ホルモン療法を続けながら息子に整体で治してもらおうと思いました。

9月26日
骨シンチ検査の結果、全身の骨に癌の転移がみられ、ステージ4と言われました。
当初一万だった腫瘍マーカーの値は2000に下がっていました。
前回の時、先生が「次回に自己導尿の練習をしましょう」といっていたが、調子が良くなっているので、留置きカテーテルを外してみると尿は自然に出て自己導尿の必要はなくなりました。

10月10日、2回目のホルモン注射を受ける。
腫瘍マーカーの値は400に下がっていました
先生は「薬がよく効いていますね」と言っていたが、私は、先生には悪いが、ひと月ほどほとんど毎日息子にやってもらった神経難病用の整体が効いていると思っています。
なぜなら、癌は慢性病です。慢性病を回復させるには、血行不良を改善する以外に方法はないと思っています。そして、脊山流整体術は本当に血行不良を改善することができます。現に私は、脊髄小脳変性症でさえ回復させています。

11月7日、3回目のホルモン注射を受ける。
腫瘍マーカーの値は100に下がっていました。

12月5日、
腫瘍マーカーの値は80に下がっていました。
先生に、ホルモン注射をやめて、経過を観察していきたいと申し出ました。
先生は、「こんなに順調に回復しているし、次回から3か月先でいいといっているのに、あなたはどうして勝手なことばかり言うのですか」と非常に怒られました。
もっともな話です。
しかし、私としては、完治してしまうまでホルモン治療を続けるわけにはいかないのです。
それだと、薬でよくなったのか整体でよくなったのか区別がつきません。
先生には悪いとは思いましたが、ここで治療を打ち切り、整体だけで回復させる必要があったのです。
このようなわけで、ここで病院での治療は打ち切りとなりました。
できたら経過観察をやってもらいたかったのですが、これは厚かましい話です。
ま、前立腺の検査はどこででもやってもらえるだろうと思っています。

その後
看護婦さんか、このような場合の対応の係りの女性かは知りませんが、
気を使ってくれて、
ここの病院の別の医師に話をつけてくれました。
そのようなわけで
来年の1月15日に別の医師に診てもらえることになりました。
ありがたい話です。

2018年 1月15日
今度の先生から、初診から現在までの経過の説明がありました。

癌はリンパ節、骨、胸に転移し、膀胱に浸潤している。

骨シンチの画像では、手足、脊椎、骨盤の22か所、全身の骨に転移病巣がありました。

癌をなくすことはできないが、小さくすることは可能。

前立腺がんは薬が効きやすいので、この状態でもきっちり治療すれば4〜5年くらいは生きられることが多い。たまに効かない人もいるが、その場合は手の施しようがない。

PSAの数値は、最初17,000あったが、12月には80にまで下がっている。
これは薬が効いている証拠。

これから起こりうる症状は、排尿障害、血尿、骨の痛み、など。

骨が解けるので骨折しやすくなるが、止める薬はある。

といったような説明をきっちりしてくれました。

最初、10,000と思っていた腫瘍マーカーの値は私の聞き違いで、実際には 17,000でした。

先生の説明はよくわかりました。全く間違いないと思いました。

しかし、これは血行不良をそのまま放置して、現行のがん治療をした場合であって、私の場合は、整体で血行不良を改善し、運動で体力をつけていますので、先生の説明とは全く異なった結果になっていると考えています。

しかし、そんなことを先生に話しても、全く理解してもらえないことは火を見るよりも明らかです。

そこで、「先生の言われることはよくわかり納得できますが、現時点では2〜3か月経過を見てみたいのです」といって、検査だけをお願いしました。

先生は「血液検査のデータを見て、数値が上がっていたら治療を再開しますか、どうしますか」と、聞かれました。

もし検査の数値が悪かった場合には、私の仮説が間違っているので、「ごめんなさい」といって全面的に医師に任せるしかありません。

しかし、体調は良くなっているので、悪化していることはまずないだろうと思っています。
検査の結果は、2週間後の1月29日に聞きに行きます。

1月29日
腫瘍マーカーの値は54に下がっていました。
最初のころは息子も私も気を付けてきっちり整体をやっていたのですが、体調がよくなってきたので横着になって時々しか整体をやってもらっていないので、思ったほど改善はしていませんでした。
先生から「治療はどうされますか」と聞かれましたが
「もう少し様子を見てみます」といって、次回の検査予約だけとって帰りました。
次回の検査は2月26日です。

3月5日
腫瘍マーカーの値は50に下がっていました。

2月26日が検査の日だったのですが、風邪のため一週間延ばして3月5日の検査となりました。
この頃あまり整体もやってもらっていないのと、寒いので運動もあまりやっていないので、腫瘍マーカーの値は少ししか下がっていませんでした。
この年になると、何もしないでもどんどん回復するほど現実は甘くないということだと思っています。

3月26日
3月5日に行った骨シンチ検査の結果を聞きに行きました。
私の思っていた通り、転移病巣はほとんど消えていました。
しかし、まだ少しけ転移病巣が残っていますので、体力をつけて残っている病巣も早く消してしまおうと思っています。

4月23日

腫瘍マーカーの値は66と、すこし上がっていました。
もう運動だけでいいだろうと思って、整体は全くやってもらっていませんでした。
運動だけで回復させるのには、現在の運動量では足りないみたいで、腫瘍マーカーの値が少し悪くなっていました。
しかし、実験のため、もうひと月運動だけでやってみようと思っています。

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